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福岡地方裁判所 昭和35年(行)16号 判決

原告 前田不二男

被告 福岡陸運局長

訴訟代理人 小林定人 外四名

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は、「被告がなした昭和三五年七月一日付原告前田不二男申請の一般貸切旅客自動車運送事業経営免許申請に対する却下処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「一、原告両名は、柳川市筑紫町前田一七九番地を本店所在予定地とする中部九州観光バス株式会社の発起人代表者であるが、柳川市、山門郡、三池郡、大川市、三瀦郡を事業の予定区域として普通自動車車名民生一九六〇年式七三人乗五台をもつて一般貸切旅客自動車運送事業を経営することを企図し、原告前田において昭和三五年七月一日被告に対し道路運送法第五条による一切の必要事項を具備したうえその免許の申請をなしたところ、被告は同年一二月二日何等法令に基く理由を示さず右免許申請を却下した。

二、現地民生の安定と思想文化の向上の必要な事は多言を要しない。従つてその具体的施策の一環として観光事業が盛んとなることは当然と言うべく、この必要に応じ原告前田等は株式会社を設立し多数民衆の切望に応ずるため前項一般貸切旅客自動軍運送事業の免許の申請をなしたものである。

三、旅客運送を目的とする貸切自動車運送事業は、電車もしくは一定の路線を運行する電車又は自動車会社の営業の一部門としてなされつつある現状であり、いまだ多数民衆の需要に応ずることが出来ないため、その営業ぶりはあたかも独占事業の様な有様で旅客の希望を容れないばかりか、会社本位の一方的営業ぶりであることは公知の事実である。従つて道路運送法が企図する目的は達せられていないので、同法第一条にいわゆる公正な競争を確保し、道路運送の綜合的な発達を図るためにも原告前田の申請は適切かつ必要なものである。

四、原告前田は被告の指示に基ずき一切の準備をととのえ、かつ法の命ずる手続を具備して免許の申請手続をなしたのにかかわらず、被告はいわれもなく根拠となる法律と、その法律に該当する事実を示さないで原告前田の申請を却下したのは違法かつ不当である。そこで右違法処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。」

と述べ、被告指定代理人の本案前の抗弁に対し、

「原告両名が訴願の裁決を経ずに本件訴を提起したことは認めるが、それは左の理由によるものであつて、行政事件訴訟特例法第二条但書にいう「正当な理由」がある場合に該当するので、本件訴は適法である。すなわち、

一、訴願手続をとつていると対銀行関係その他で著しい損害が生ずる虞れがある。

二、被告による却下処号は原告前田の免許申請以来五箇月を経過した後漸くなされたものであり、更に上級行政庁に対する訴願の手続をとることは、観光季節を控えている今日とてもその余裕がない。

三、かつて、人権侵害事件で行政庁に提訴したが、八年間を要しながらうやむやな状態であり、行政庁に対する訴願では到底公正な裁決を受ける見込がない。

と述べた。

被告指定代理人は、本案前の抗弁として、主文同旨の判決を求め、その理由として、

「自動車運送事業を経営しようとするものは、運輸大臣の免許を受けなければならないのであるが、この運輸大臣の職務権限は、道路運送法第一二二条第一項第一号及び同法施行令第四条第一項第一九号の規定によつて陸運局長に委任されている。本件却下処分は被告が右規定によつてなしたものである。ところで、道路運送法又は同法に基く命令の規定により行政庁のした処分に対して不服のある者は訴願することができるのであるが、原告両名はこの訴願手続を履践していない。そして、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は、その処分に対し法令の規定により訴願のできる場合には、これに対する裁決を経た後でなければ提起することができないとされている。本訴は同条のいわゆる訴願の裁決を経ることなくして提起された不適法な訴であつて却下を免れない。」と述べ、原告の正当事由の主張に対し、

「観光季節を控えているから訴願手続をとる余裕がないということは、本訴の場合、正当の事由とすることはできない。原告等が訴願手続をとることにより救済が遅れ、あるいは事業の開始が遅れて、それに伴つて得べかりし利益を失う可能性はあるとしても、原告等はなんら積極的損害を受けることはないのである。したがつて、これをもつて、訴願手続を踏むことにより著しい損失をこうむるということはできない。」

と述べた。

理由

原告等が被告のなした却下処分に対して訴願の裁決を経ることなく、右処分の取消を求める本件訴を提起したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告等は訴願の裁決を経ずして本件訴を提起したことについては行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる正当な事由があるから、本訴の提起は適法であると主張するので考えることとする。まず、訴願手続をとつていると対銀行関係その他で著しい損害が生ずる虞があるとの原告等の主張は、全く抽象的で具体的事実の摘示がなく、これだけでは訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずる虞があることをうかがわしめる事実の主張として不十分と言う外はない。

次に、免訴申請から却下処分まで五箇月を要しているから、訴願をすれば更に裁決までに相当日時を要することが予見され、観光季節を控えている現在、訴願の裁決を経る余裕がないとの原告等の主張も、元来違法な行政処分の取消を求めるため訴願を提起した場合においても、その提起があつた日から三箇月を経過すれば裁決の有無にかかわらず訴を提起することができるのであるから、三箇月の猶予も許さないほどの重大な事由がある場合にのみ、訴願省略の事由として認めらるべきものであつて、本件においては原告等の企図している営業の性質上から言つてもかかる重大な事由があるとはとうてい考えられない。

更に、かつて人権侵害事件で行政庁に提訴したところ、八年間を要しながらうやむやな状態で、行政庁に対する訴願では到底公正な裁決をうる見込がないとの主張も、結局は人権侵害事件における訴願裁決庁の怠慢を非難するに帰し、本件却下処分に対する訴願省略を正当化するに足る事実の主張とは言い難い。

したがつて以上原告主張の事由をもつて同法第二条但書にいう「正当な事由」がある場合ということはできないといわねばならない。

そうすれば、本案について判断するまでもなく、本件訴は訴訟要件を欠くから、不適法な訴として却下を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小西信三 唐松寛 川崎貞夫)

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